高田クリニックコラム
column

カルテ⑤ 豊かさ指標を考える モダンタイムズ 7月号 Dr.TAKADAの蔵の街クリニック原稿
2020.11.6
先日私の外来に、富山県○○市と書かれたカルテがおかれた。聞けば、こちらの関連会社に長期出向でおいでだそうである。
富山といえば、毎年5月に発表される新国民生活指標、いわゆる豊かさ指標の上位県である。
下位県栃木と生活感に差があるかどうかが気になって尋ねてみた。
「どちらが住みよいですか。」
「富山ですね。県外に出てはじめて富山の住みよさを痛感しました。」と、彼は言いきった。
富山を出なかったら、おそらく彼も「上位県の実感はない」と答えたに違いない。
富山の新聞ではそうした主張をよく目にする。そんなものなのだ。
住めば都というように、その地に生まれ育ち雨露をしのげて食べるに困らなければ、
上位だの下位だのという実感はおそらくない。実感するのは先の長期出向氏のように住み比べる機会に出会ったときである。
次の表を見ていただきたい。豊かさ指標「癒す」部門の抜粋である。
お断りするが、経済企画庁の発表する新国民生活指標は北から順に数字が並んでいるだけで順位はついていない。
順位をつけるのは新聞や私のような物好きである。
[表] 豊かさ指標「癒す」部門抜粋
総合順位 | 平均余命 (指数) |
家計費に占める 保険医療費への 支出割合 |
一般病院病床数 (人口10万比) |
1位 福井 | 57.2 | 3.16 (%) | 1266.7 |
2位 徳島 | 43.9 | 2.75(%) | 1618.8 |
3位 熊本 | 62.1 | 2.90(%) | 1537.6 |
4位 沖縄 | 90.2 | 3.22(%) | 1176.1 |
5位 島根 | 90.2 | 2.27(%) | 1268.7 |
13位 富山 | 53.0 | 2.40(%) | 1408.9 |
46位 栃木 | 35.9 | 3.12(%) | 922.3 |
全国 平均 | 50.0 | 2.99(%) | 1215.1 |
(平成9年版新国民生活指標より)
さて、栃木県の医療については県民世論調査や経済同友会の調査でも不満が多い。
豊かさ指標はそれを裏付けることとなった。興味深いのは、家計に占める医療費の割合が全国平均2.99より高い(3.12)にも関わらず平均余命の指数は全国平均(50)をはるかに下回っている(35.9)事実である。
たとえば「本県には金は取るが診療はお粗末な医者が多い」と仮定しよう。
患者(県民)は医療費を払っても早期発見早期治療に結びつかず、
手遅れで落命するから、確かに統計のようになる。
一方、毎年人間ドックを行っても、指摘された異常を詳しく調べたり、治療を行う人が少ないと、やはり統計のようになる。いずれも、「医療の効率」の問題といえる。
昨年渡辺知事は、医療費への支出割合が高いのは、人間ドックをよく利用し健康に留意しているからではないか、というようなことをいっていた。
しかし、医療費の支出が少ないのに全国平均並の余命を保つ富山県のドック利用者は決して多くはない。
富山時代、私の勤務した病院の健康事業部長の最大の職務はドック受診者の掘り起こしであった。一方、現在私の知る栃木県のある病院のドックは、帰省ラッシュの羽田空港よろしくキャンセル待ちまででる始末だ。
なぜドックに熱心なのか知人にきいたら「住民検診では血液検査をしないからだ」と答えた。
本当にそうなのか、彼がそう思いこんでいるだけかはわからない。
しかし、一部の方が信じるように「ドックなら身体の全てがくまなくわかる」わけではない。
むしろ、県全体の健康増進が目的なら、糖尿病、高脂血症、高血圧など、脳梗塞、心筋梗塞といった身体や生命を脅かす大病の素地となる生活習慣病の有無を一人でも多くの県民について調べる方がよいように思う。
そのためには定員枠のあるドックより、町の診療所でも可能な検診を血液検査共々行う方が行き渡るのではないだろうか。
簡単なようでいざ行おうとするといろいろ難しい問題が出てくることではある。
一番の問題は発見された異常者をどう治療の場に上げるかだ。
医療の場に出ようというPRを誰がするか。法律上医療機関は出来ない。
そこで富山県は平成8年3月全国に先駆けて糖尿病アタックプランを策定した。
医療機関の出来ないPRを住民組織や行政が行って、糖尿病の早期発見早期治療を全県的に進めようというのである。
この考え方は、今年の4月25日、有楽町朝日ホールで、厚生省の担当官も出席して旗揚げされた、糖尿病地域医療研究会(富山医科薬科大学第一内科教授で私の師匠、小林 正先生が代表世話人)という全国組織に引き継がれた。
健康増進のシステムづくりも医療関係者だけではできない。
日光市の古河記念病院が病院の自助努力だけでは存続出来ないように、医療は住民・行政・医療関係者が知恵を出し合って、取り組むものと思う。
その時、リーダーシップを取るのは誰か。
調整するのは誰か。介護保険共々、行政の情報力、先見性、企画力、実行力が問われると思う。もっともそうした要求をもつ住民の力も見逃せない。
そう考えると、豊かさ指標が描く県の姿の違いはどこかの県知事が罵るような意味のないものではなく、事実のある面を反映しているように思うのだがいかがだろうか。
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